大きな北国での小さな日常。

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世の中の形。

昨日の日記で「ダメだー」「出来ないー」など、グダグダ言ってましたが、
本日の動物心理学(Animal Behavior)小テストの手ごたえが、思ってた以上にありました。

ひとまず ホッ。

これをきっかけに、うまく上昇気流に乗れたらいいんだけどなー。

あなたは勉強が好きか嫌いか? と、問われたら、きっと私は「好き」と答えると思う。
もちろんテスト勉強は大嫌いだけど、興味ある分野や見知らぬ世界を知ることはとても楽しい。
ひょんなきっかけで、この楽しみを味わえることになろうとは。
案外、私は幸せ者なのかもしれないね♪

しかし本人はそう思っていても、周囲はなかなか容赦ないようで。

同じ神経学科の日本人の女の子が、一足先に卒業して日本で就職した男性の先輩から
「日本企業では、博士号を持ってる女性は扱い憎いと嫌がられるから止めておいた方がいい」と、
アドバイスをもらったらしい。

ふーん。
なんだかなー。

言っておくが「だから日本の社会はダメなのよ」という気持ちはさらさらない。
むしろ「うん。それ、正解」と思っている。
だけど「なんで、そうやって足を引っ張るかなぁ」とも思っている。

自分の興味のある世界について、知れば知るほど楽しくて
そしてもっとその世界の奥まで入ってみたくなって
その結果「博士号までいっちゃいました」という人でも
見る人達から見れば「扱いにくいわ、あの人」なのね。

まぁ、確かに自分のやりたい道について純粋すぎるが故に
扱いにくいってのはある。
「無邪気な人」と「困ったちゃん」は紙一重だし、学生という身分は
社会から完全に隔離された「浮世の世界」であるから
そこに長くいればいる人ほど浮世離れした人になってしまうのは道理。
ピュアな俗世人。うむ、ある意味最強。

だけどそれを「止めておいた方がいい」というのは、どうなんだろう?
わざわざ世間に歯向かう必要はないけれど、媚を売る必要もないんじゃない?
てか、もうどうでもいいやん。誰が何をしようとさ。
人様に迷惑とコーヒーをかけなければ(笑)

そもそも「自分らしく生きる」という言葉があること自体、おかしな話だと思う。

私はいまだに自分のことがよくわからない。
そんな自分を含む「人間」のことが知りたくなって、今の道を選んだ。
果たして、自分自身について明確に説明できる人なんているのかな。
そういう人の方が、逆に自分について全然わかってない(わかろうとしない)人のような気がするけど。

誰もが満足できる理想郷なんてのは存在しないけど
せめて「人の数だけ何でもあり」を認めてくれる世の中だったら
もうちょっと生きやすくなるんじゃないかな・・・・って思うのは私だけかな?
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