大きな北国での小さな日常。

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すなわち「これでいいのだ」と。

(少しだけ昨日の続編)

中島らも氏命日の日に、ご本人が夢に出演。という、奇妙な偶然を味わって以来
「こりゃ、なんか意味があるんだろうか?」と、ぼんやりとした頭でぼんやりと考えていたところに
またしても、私の「理想の大人の一人」であった赤塚不二夫氏の訃報をネットで知る。

何をいまさら感があるのは承知の上だけど、タモリのあの弔辞は素晴らしかった。
赤塚氏を慈しみ、そして赤塚氏から慈しまれたという二人の間に流れた年月と事実が
美しい日本語によって織り綴られた文章に凝縮されていて、いまさらながらに
「今日という日は人生最後の日のためにある」ことを改めて思い知らされた。

果たして私の最期はどう迎え、そして周囲からどう見送られるんだろう。

あの弔辞はきっと後世に語り継がれるだろうけど、特に末尾の言葉の

私もあなたの数多くの作品の一つです。

なんて深くて重く、そして愛情溢れる言葉だろうか。

きっとタモリはこの言葉を胸に「赤塚作品の一つ」としてこれから生きていくんだろう。
生涯の師を亡くしたことはとても悲しいことだけど、それでもとても幸せな人だとも思う。
一生のうち、こんな風に心から敬える人と出会えるのは何人だろう。
少なくても、私自身はまだ出会ってはいないし、これから会えるのかどうかもわからない。

赤塚作品の中では、ダントツに「天才バカボン」が好きだった。
漫画も読んだし、さすがにテレビはリアルタイム世代ではないけれど
再放送があるたびに欠かさず観ていて、ビデオにも録画していた←実家にテープが残ってるはず。

バカボンパパを始めとするあの濃いキャラクター陣の中で、私のお気に入りは
レレレのおじさん」だった。
あのとぼけた口調の「おーでかーけでーすかー?」「れーれれのれー?」を聞くたびに
いつも ブホッ と、笑ってしまうくらい大好きで、つまらないところで変に神経質な自分の性格とは
正反対な、おじさんの醸しだす「のんびり・ほんわか」とした空気に、実は本気で憧れていた。

ちなみに勤め人時代、デスクマットにはおじさんのポストカードをはさんでいて
時折ちょろっと眺めては、ささくれ立った気持ちを落ち着かせていた
(とはいっても、退職直前にはおじさん効果も効かなくなっていたけど)。

他の女子達の机は、ぬいぐるみやらファンシー壁紙で彩られていた中にあって
一人殺風景な景色に、燦然と輝く「れれれのおじさん」に、男子同僚陣は
「なんやねん、これー」と、苦笑いするたびに
「なかなかファンキーで格好いい大人やんけー」と、反論していたのも
今となってはいい思い出となってしまった。

夏休みももうすぐ終わる。
そして私の大学生活最後の学期がやってくる。
しかしこの期に及んで、いろいろと考える・考えさせられることが多い。

とりあえずは目先のことのみ焦点を合せるか。
それとも、やがてやってくる人生最後の日を常に念頭に置くのか。

  すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。
  この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。



この境地になるまでには、私にはまだまだ時間が必要だ。

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