大きな北国での小さな日常。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ロマンチ・テイスト(その2)

化学の時間。
先生の質問に張り切って手を挙げて答えたはいいが、思い切り間違えてしまって
久々に 恥ずかちぃ 思いをしてしまった。
誤解答したのは私だけじゃなかったとはいえ、なぜか私の名前だけを連呼する先生。

○○○(←私の名前)の答はこうだけど、みんなは○○○のコメントについてどう思う?
先生は○○○のアプローチは違うと思うんだけどー?

もうわかったよ、先生。ちょっと間違えただけやん・・・・ひーん。

さて、昨日の続き。
ずっと心に引っかかった台詞。

榎本武揚が降伏する意志を固めたと聞き「ここで戦を止めたら近藤さんに会わせる顔がない」と、
激昂する土方に向かって放った函館奉行・永井尚志の言葉。

ごめんなさいでいいじゃないか。それで怒るような近藤さんじゃないだろう?

一昨日の日記で「いま私がここで夢を諦めたら、他の人に失礼だ」的なことを書いた。
その後でDVDを観て、この台詞。

世の中には、いろんなことに手を出しては「ごめんなさい」を免罪符に、中途半端なところまでしか物事をやり遂げてない人がいる。
当然、私もその一人。
順応性が高いせいか「よし、やるぞ」と決めたら、それなりの成果を挙げることができる。だが、所詮つけ刃な実力でしかないので、それ以上のレベルには上がれない。だんだんと情熱が醒めていく。
そして「ごめんなさい。出来ません」この繰り返しの今までだった。
そんな自分がほとほとイヤになってもう一度学生に戻った。という部分も無きにしも非ず←この部分はいつか書かねば。

この永井尚志の台詞に相応しいのは、実は「この道でしか生きられない」人間なのではないか。
そこそこ出来る人間はそこそこの結果を残すけれど、一つのことを「極めた」というには程遠い。
そんな人間の「ごめんなさい」と、自分を生かす選択肢がない人間の「ごめんなさい」と、果たしてどっちが重いのか。

じゃぁ「この道でしか生きられない人間」ってのはどんな人間なんだろう?
社会に馴染めないってことだろうか? ならば、その「社会」って何だろう?

例によって、答のない心理の迷宮に迷いかけた時だった。


キミは、筋金入りのロマンチだね


ニヤリとした表情で土方に言う榎本。
この一言で、答がないと思っていた迷宮に光が見えた・・・・・・・気がした、何となく。

「この道でしか生きられない」というのは、言い換えれば「どれだけロマンチストでいられるか」ということであり「ロマンチストでい続けるため」ということは「どれだけ夢を見続けていられるか」ということであり、つまりは「あきらめない。ということ」が、絶対必要条件であるわけで。

あー、やっとドラマの核と繋がった。

ここでもう一度言う。

私は幕末の時代が大好きである。
日本の歴史の中で時代が一番うねりをあげた日々であり、そのうねりの舵を取った志士達のほとんどが今の私と同年代だからだ。

私とほぼ同級生のお兄ちゃん達が明日の日本を本気で憂い、そして己の命と引き換えに、今日の礎を築いてくれた。
明日という日を本気で考えるなんて、それこそ「筋金入りのロマンチ」じゃないと出来ない芸当だと思うんだけど。

果たして、私のロマンチ度は彼らと比べてどうだろう。
「あきらめない」強さは、彼らと比べてどうだろう。

幕末に生きた彼らのほとんどは、また早くに世を去ってしまった人も多い。
土方は35歳、私の贔屓である高杉晋作は28歳という若さだった。
今の世の中じゃ「まだまだこれからじゃないの」といわれる年齢。

「まだまだこれからじゃないの」というのは、ひょっとしたら
「まだまだロマンチになれるじゃないの」という意味かもしれない。


とにかく、まだまだ「組!!」の余韻に浸る毎日が続きそうだ。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

やまざき

Author:やまざき
萌えに意味なんてなくてOK

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
最近のコメント
Mail Form

名前:
メール:
本文:

リンク
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。