大きな北国での小さな日常。

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夢の大風呂敷。

カナダで「学生さんのイメージは?」と聞けば、大抵の人は
「貧乏(No money)」と答えるくらい、生活を切り詰めている人が多い。
切り詰めているというよりも「余分な収入がない」といった方が正しいのかな。
だからカナダ人、留学生問わず質素な生活をしてる人が多い。

まあ、中にはカナダ到着早々、新車をキャッシュでポーンと
購入する留学生達もいるけれど、そういう人達は自国の友達としか
つきあわないので、こっちとはほとんど交流がない
・・・・・てか、英語話してるとこ、見たことないで。

なので、私を含めた「裕福ではない学生達」は、よく
「どうやってお金を儲けるか?」とか
「お金持ちになったら何をする?」といった話題で盛り上がる。

例えば「校内でビジネスを始める」と誰かが言い出したとする。

留学生が多いから旅行会社なんてどうよ?学割も利くし。
でもみんながみんな、休みに祖国へ帰るわけちゃうし。
なら「ビデオレター作成」は? 撮影代と郵送料込みで。
写真撮る前に散髪するから、美容院は?
いっそのこと宝くじ買うってのは? ボクは島を買うね。
私は、当たったお金でまた別の宝くじを買う!

などなど(さて、私はどれでしょう?)
ちなみに、今までのアイディアで一番盛り上がったのは
メキシコ人・Lちゃんの

金髪にして胸でっかくしてハリウッドに行く

軽く小一時間は、いかにして実行するか?を語り合っていたと思う。


この手の妄想話は大好きで、日本にいた頃からしょっちゅうしていた。
それもただの妄想話の割には、成功した場合の損益計算なんかもして
まさに、現実派のロマンチなコアラの性格そのまんま。

ロマンチなので夢は果てない。
勤め人時代、休憩室でお茶を飲みながらこの手の話をして
(例:天神祭の船渡御を一艘借り切って会社宣伝+社内宴会場にする)
上司や同僚達を笑わせ(感心させるではないところがミソ)
最後には必ずといっていいほど

「プロジェクトX」か「情熱大陸」に出るからね

この言葉で締めていた
(これを読んでる元職場関係者は大きく頷いていることだろう)。

今思えば、哀しくなるほどアホな子全開
(元職場関係者はさらに大きく頷いていることだろう)。

でも喋ってる時の本人は、案外本気だったりするのよね。
自分の壮大な夢に自分で酔っ払うからね。
でもでも喋ってる時は、本気で楽しかったりするのよね。
やっぱり酔っ払ってるからかね。

こういう話ばかりしながら一生を終えることが出来たら
なんて幸せなことなんだろう

って思ったけど、あまり大きな口を叩くのもねぇ。

残念ながら、プロジェクトXはもう終了してしまったと聞く。
夢が一つ消えてしまった・・・・・と、がっかりしてしまった。
トモロヲ氏の声で名前を呼んでもらいたかったのに。

が、後続番組を知ってすぐに立ち直った。

将来はこれに出るよ、出るからね。
そして名前を読んでもらうからね。
テレビ映りのことを考えて、お肌の手入れもキチンとせねば。
カッコいい言葉とか考えておいた方がいいかなー。

なんてことを考えるのが好きなのである。
とても楽しいよ。 むふふのふ。
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コメント
個人的には、妄想を膨らませることは非常に楽しい事だと思います。さらに妄想を膨らませている人を眺めるのはさらに楽しい。ブログ作成者と同様、私はどこの誰だか、、いずれプロジェクトXに出てやる、、式な妄想人を眺めていた者として、今回の記事には大共感ですわ。

妄想とは、世間ではあまりよい意味で使われませんが、論理展開を習得する上で非常に効果のある訓練です。「AはBです、BはCです、、だからAはZになるんです」という積上げ論理は、どの分野でも使われる。世の中の事象は概ねこの積上げ論理で結論付けられることが多いです。

問題なのは、論理の起点となる「A」が正しくなければ、中間ステップの積上げがいかに正しくとも、結果の「Z」は思いもよらないものになるという事です。

加えて、論理ステップの信憑性(Reliability)が1以下の小数であることが多い訳ですから、結論として導かれる「Z」は、各ステップの信憑性の積ですから、ステップが長ければ長いほど、0に近いもの、非現実的なものになってしまいます。

結局、論理展開とは、起点「A」を動機付けする人の人間性や、情緒が最重要です。文化や芸術、自然科学、男と女、等々、人間臭さのある人の意見は面白くて訳が判らないけれども面白い。

加えて。論理ステップを高信憑性とする為の学識、知見、正しい判断力などを備えなければ正しい「Z」は導かれない、、数学です。

世の中、この起点「A」の良し悪しも、ステップの信憑性も、人物本位で決まってしまうと言っても間違いないでしょう。

ステップ展開の上手な人(=今風の頭のよい人)ほど、起点「A」(=情緒や人間性から決まる)の設定が間違っているケースが多いように思いますがどうでしょうか?

その点、あなたの妄想は起点「A」を個人の自由で規定し、勝手に膨らませる、、妄想ですから楽しいに決まってる。でも、私は妄想する人を傍から眺めている方がもっと楽しい、、ですな。

感情豊かな人間となるために、妄想訓練とお勉強をしてください。

オトコマエ
2006/03/01(水) 22:08 | URL | オトコマエ #-[ 編集]
>オトコマエさま

こんにちわ。
興味ある視点からのコメント、ありがとうございます。
しばし「うむむ」と考えさせられました。

ステップ展開の上手い人ほど、起点の設定が間違っているかどうかは定かではありませんが、個人的な見解として、そういう人は起点の設定が目的に対して「最短距離」あるいは「ローリスク」なポジションからであることが多い印象です。
つまり「自分が勝てる試合しかしない」。
自分が「負けていない」訳ですから、故にステップ展開が上手い(ように見える)のではないでしょうか?

そういう人は、環境・状況・人間関係などありとあらゆる手段を駆使して目的を達成いたします。
でも自分の手は汚れてないんですよねー。

そういう人、オトコマエさんの周りにもいませんか?
うじゃうじゃいそうな気がしますけど(笑)
2006/03/02(木) 12:30 | URL | やまざき #-[ 編集]
やまざき様は国際人でしょうか?国際人とはどんな人間なのでしょうか?

日本は小学校から英語授業を開始するようです。何の為に??と私の頭は反応しています。

おそらく国際人とは「英語圏の国々へ行き、自由に言葉を操って会話できる人」みたいな、単に外国へ行って言葉に困らないようにするため、と言うのが小学校英語教育を決定した動機だと想像します。

この場合、役所の人たちは、「日本人を国際人にするためには」を論理の起点「A」として、種々頭をめぐらせ、ステップを踏んだ結論が、「小学校からの英語教育」になったのだとと思います。

これは、英語が話せれば国際人、と言う非常に短絡した論理(あるいは定義)から来たものに違いなし。

おかしいと思いません?英語は道具です。日本人として諸外国に住む人と意思疎通を図る道具に過ぎません。

英語と言う道具が上手に使えても、伝える事を想像できない人には、無用の長物。

経験によりますと、ビジネス等の色々な状況下において、まず私は相手に何を伝えなければいけないか、何を言うべきか、何を相手から引き出さなければならないか、、が非常に重要になります。

日本人ですから、左脳右脳は日本語ロジックで占領されています。この日本語ロジックを駆使し、左脳右脳に日本人としての歴史感や文化のすばらしさ、諸外国との違い等を入力せずして、自分が何を話すべきかなど想像できるはずがありません。

日本人として国際人になるには、まず正しい日本語による国語教育を、幼少時から徹底的に実施するべきだと思います。それが、日本人をして国際人足らしめる唯一の方法だと確信します。

小学校の英語教育は、格好は良いかなぁ、、でも本来の目的、「日本人を国際人にする」と言う起点からすれば、少し歪な、短絡した結論付けだと思います。1年365日、8760時間のどこを削って英語を教えるの?それよりも野原を駆け回って、自然に触れさせ、想像力を持たせるほうが良いんじゃない?わたしゃ虫を見て、触ってる方が好きだけどね。

ずれましたが、それくらい論理はいい加減だと言うことです。

以前のブログに、「語学の頭打ち」について記載があったと記憶しています。それは事実頭打ちでしょう。裏返せば、国語力による脳みそのシナプス回路が、(思考)情報伝達という流れに対し、飽和に近くなってきたからです。

若い衆は国語で頭を鍛える事。そして妄想を、超巨大妄想を行うことが大事です。一定年齢を過ぎた人には手遅れかもしれませんが、、ハハハッ
2006/03/02(木) 21:29 | URL | オトコマエ #-[ 編集]
>オトコマエさま

再びの投稿、ありがとうございます。
ご指摘の件、諸手を挙げての御意でございます。

日本人にとっての英語というのは、所詮
「クレジットカード」みたいなもんだと思っています。
ステイタスの一種として持ってるけど、持ってなくても別に問題なし。現金(=日本語)オンリーで生活出来ますからね。だって、日本に住んでいるんだもん。

「思考力のプロセス」は、日本語も英語も関係ありません。いくら英単語を知っていても、語るべきものを持っていない人間は薄っぺらい理論構築しか出来ないというのは、周囲+己のことを振り返ってみて
日々実感しています。

そういえば、私の元職場の経営陣達はアホの一つ覚えのように、何かあると「グローバル化」と言っていました。ある意味、自分達が「英語が使えない」ことに対するコンプレックスの裏返しだったのかもしれません。

興味深いコメントありがとうございました。
ただし、最後の一行は余計です(笑)
2006/03/02(木) 22:25 | URL | やまざき #-[ 編集]
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