大きな北国での小さな日常。

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賛成の反対なのだ。

ネット巡り、というかブログ巡りをする度に
よそ様のサイトの、特に書いている内容の素晴らしさに目を見張る。
特に自分のサイトを持つようになってからは「ほぉ」と感心すると同時に
自分のネタの稚拙さを実感して少し落ち込む(でも、即立ち直る)。

何度かここにも書いたように、自分のブログを立ち上げた理由の一つは
友人知人への「生存報告」だったのだが、やはり仮にも公の場所を利用してるのだから、いくら「あたしゃ、達者でっせー」といった内容でも
「内輪受け」だけにはならないよう気をつけている(・・・つもり)。

つまり、人様に提供できるだけのネタを書くには、これも常々言ってるように
「国語力」と「思考力」が、深ーく関わってくる(この二つは、単語は違えど
その機能は重複していると思うので、今日の日記では便宜上
まとめて「思考力」と表現します)。

思考力というのは「理論を構築していく力」だとよく言われているが
「はて、本当にそうだろうか?」という考えが頭の中を渦巻いている。
ある物事について「あーして、こーして、そーなって」と思い巡らすことは
その物事の様相を立体的に形作っていく行為に他ならないけれど
こういう作業って内省的というか、内に内に向かっていく作業でもあるので
下手したら「自己満足と紙一重」になってしまうんじゃないかと。
身も蓋もない言い方をすれば、自慰行為でスッキリ?みたいな←こら。

じゃぁ、改めて「思考力とは?」と考えてみると
物事を立体的に組上げ、且つ、そのモノに対して
「反論があった場合のシチュエーションも同時に考えること」という結論に着地。
自分が考えた物事について、どこぞの物置みたいに
「100人乗っても大丈夫♪」であることを
様々な視点から証明できればいいわけで。
そのためには、自分でその様々な状況を考えなければならない。
あー言われたら、こー言う。そっちがそうなら、こっちはこうだ。
その作業の結果が「思考力」として蓄積されていくのではないだろうか。


ここまで書いてみたけれど、この考えがアリなのかあまりよくわからない。
方向性は間違っていない気はするけど、その行き着く先は
果たして私が求めているものなのかはわからない。
ま、一生わからんだろうな。

昔からこの手の妄想も大好きで(情熱大陸ばかりじゃないのよ 笑)
だから早く「自分の頭の中はどうなってるんだろう?」な勉強がしたいけど
なんせ脳味噌学科は必修が多いので、来学期も丁稚奉公科目ばかりな
時間割になりそうな予感。

春はまだ遠からじ、ですなぁ。
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