大きな北国での小さな日常。

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「大阪城は私の実家」と言ってみたい。

いよいよ明日が退職日なんだけど、帰国日まであと10日あるためか最後だという実感が殆どない。
おまけにせっかく引継用にと、資料を共通サーバーに移行した途端にサーバーダウン。
やっと復旧した先週後半からずっと更新作業ばかりで、明日は間違いなく残業である。
そういえば日本で勤め人だった時も、自分の送迎会やってもらったその足で会社に戻って
最後の後始末してたっけ。。。。こんなシチュエーションばっかりだな。

それでも帰国日が近づいてるということは、家探し本格始動日も近づいてる訳で
毎日物件チェックして気に入ったところを見つける度に不動産屋さんに見学予約を入れて。。。を
繰り返した結果、現時点で13件の見学予定。多いの?少ないの?こんなもん?
不動産業者は複数だけど、住居エリアはほぼ確定してるのでそれぞれの物件は似たような場所にある。
地図で確認したら1ブロック違いって所もあった。また間取や条件を見ているうちに当初の理想から
徐々に現実モードに移行していったので、初期に見学予約を入れた物件と最近とでは
こちらの希望条件が一定してなかったりするのだけど、せっかくなのでキャンセルはせず。
途中で気が変わるかもだし。

これだけは外せない条件として、当初は「追い焚き機能」を入れてたのだけど
(そういえば実家にいた時も夏はシャワーだったな)なんてことを思い出したりして
この条件は必須ではなくなった。その代わり「独立洗面台」と「コンロ2口以上」は絶対必須。
あと間取りで必ずチェックするようになったのが「洗濯機の位置」
今回の家探しで気づいたのが「玄関開けたらすぐ洗濯機」という配置の多いこと。
室内設置にこだわった故の場所なんだろうけど、それでも「ただいま〜」ってドア開けたら洗濯機って
ちょっと落ち着かない気がして(あくまでも私はね)近頃はまず洗濯機配置場所をチェックするように。

さらに追加条件として「『敷金・礼金なし』は除外
普通はお得条件として大々的に謳われてるけど、言い換えれば「諸費用がない=入居者条件が緩い」
つまり問題ありな住民が多い可能性大ってこと。またそんな物件に限って「部屋クリーニング代」
「鍵交換代」が借主負担(それも小ちゃい文字で備考欄に記載)ばかり。
結局物件によってはそれらの合計は相当な額になるので、ならば「敷金は払う」という方向に切り替えた。
契約書的文書ってよく読み込まないとダメね。意外なところに盲点がある。
考えてみれば家主が損する物件なんてある訳ない。上手い話は滅多にないってことだな。

基本引きこもり体質なので、自分の住まいとなる空間作りはとても重要。
だって休みの日には心ゆくまでゴロゴロしたい。
「ただいま」って帰ったら部屋中が「おかえり」と迎えてくれるような
そういう部屋に住みたいのだ(決してオカルトではない)
初出勤までには引越したいので日程的にはかなり厳しいけど
納得の出来る「自分の城」を見つけるべく、ここはちょっと頑張る。

いい部屋が見つかりますように←言霊

ビーム照らして行こうぜ 駆け抜けるジェットコースター

今朝、ゴミ出しに玄関を開けたら大家さんからのメッセージの書かれた紙が。
来週からメンテナンスのため、向こう10日間ほどエレベーターは使えないから
階段使ってね♪とのことらしいが、工程期間が私の帰国日とだだかぶりしてますがな。

スーツケース運びは5階から階段か。はぁ。。。。(溜息)

この通達によって、家具など大型荷物の移動予定日を全て前倒しする羽目に。
買取先は全てラボメンバーなので、事情を話したら全員快く了承してくれた。
ということで、ついさっきパソコンデスクが未来の医学生候補君ところへお嫁入。
引き続いて明日はラボテク仲間のお宅へ、タンスがお嫁入する段取り。
さらに長年愛用していた自転車は、トロントに住むラテン系ポスドクちゃんが
使ってくれることになったので、週明けに発送手続き。

これら全ては中でも私のお気に入り3点アイテムだったので、それぞれに貰い手がついて
それも3人とも末永く大事に使ってくれる人達ばかりに決まってとてもホっとしている。
綺麗に使ってるつもりだったけど、私なりの新たな門出の餞として
「今までありがとね」と、ちゃんと磨き直したし。

今後のスケジュールから鑑みて、のんびり出来る日はなんのかんので今週一杯かなぁ。
帰国後は家探しを中心に怒濤の日々になるのは目に見えてるし。
だから永住権保持者(と外国人)が買える Japan Rail Pass(JR乗り放題パス) も購入した。
実家〜職場(新居先)の往復は勿論、年金手帳やら住民票再交付などの事務処理のために
地元にも立ち寄る可能性があるんでね。正直、相当面倒くさいけどしょうがない。

それにしても私の人生、なかなか落ちつかないなぁとは日頃から感じてるのだが
大昔に友人と興味本位で鑑定してもらった占い師さんによると「冒険と改革の星」を
私は持っているらしく、今までにない新しい事を求めて放浪する星を背負っているらしい。
当時それを聞いて「それなんて勇者(ドラクエ)」なんて笑ってたのだけど
今の状況をみればさもありなんである。そもそも安定を求める冒険家っていないしね。
自分の国に戻るのに、戻ったあとには何が待ってるのか全然想像がつかない。
せめてラスボスがいなきゃいいけど。

皆、法の下に平等

荷造り前倒しということで、冬用のコートとブーツに関してはすでに梱包したのに
明日の天気予報は「みぞれ混じりの雪」らしいと知って、途方に暮れてるやまざきです。
もうすぐ5月なのに勘弁してくれー(泣)
だけど数年前には6月、私が最初に来た年の9月(到着1週間後)に雪降ったという
国内でも有数の天候変動地域。。。。上下の差、激し過ぎ。結局最後まで慣れなかったよ。

ということで、日本引揚げXデーもあと数週間となりました。それに伴い、準備もぼちぼちと進んでます。
いざとなったらパスポートと財布だけで帰るんだ♪ そう決めたら気持ちがとても楽になりました←え?

今回の帰国について貰ったコメントで一番多かったのが、やはり「おめでとう!」だったのですが
その次に多かったのが「永住権どーすんの?」「市民権どーすんの?」でした。
市民権申請については、そもそも日本が二重国籍を認めてないこともあって
最初から申請する予定はなし。もし2国間のパスポート保持が可能になっても多分しなかったかなぁ。
幸い、日本のパスポートだと大抵の国にビザなしで行けるしね。
それはこの国のパスポートも一緒だから(ビザ免除プログラム加盟国だっけ?)
持ったとしても特にメリットを感じることもなく。選挙権くらい?調べればあるのかもしれんけど。

でも問題は永住権。
選挙権はいらんけど、もしかしたらまたこの国での生活を再開するかもしれないという可能性を考えると
やはりこれは残しておきたい。手間も暇も(お金も)そこそこかかったしね。

この国の永住権は5年毎に更新。
この場合、更新=永住権カード(Permanent Residence Card)の更新のことで
カードが発行されてから5年間の内、最低2年間在住していれば新たに更新をして
また次の5年間の永住権が保持されるというシステム。
私が、Canada Experience Class というカテゴリーで永住権を得たのが2011年10月。
次回の更新は2016年10月。今は2014年4月。結果、2年半在住してるので更新権利あり。

(まぁ、大丈夫かー)と思いながらも、念のためと移民局ホームページをチェックしたところ
「更新した永住権カードはカナダ国内にしか発送しません」とあって
(あら?私、その頃まだ日本だぜ?)なんて自分の状況がよくわからなくなってしまい
思い切って、移民専門の弁護士事務所を訪ねてみた。

結果は「訪問して正解」
やはり餅は餅屋だわ。30分の相談で150ドル払ったけどそれも惜しくないわ。
そんな私が納得した弁護士さんの回答は

移民局の采配次第

「なんじゃそりゃ?!」と思われるかもしれないけど、実際そうとしか言えないんだな、これが。
私が永住権を取得したは2011年で、次の更新は2016年。
5年間の内、最低2年住んでいれば再更新出来ることは先述した通り。
日本の転職先との雇用契約はひとまず2018年まで(状況次第では延長、又は途中解雇)だから
2016年に更新すればその次の更新年は2021年。弁護士さんが指摘したのは
「日本に帰国した今年から2018年までの4年間の空白を、移民局がどう判断するか」

5年間のうち最低2年の在住が条件であることは、移民局サイトにも明確に書かれているものの
先方が示している5年はあくまでも「カード更新の目安」の数字であって、在留期間の区切りではない。
この場合、2016年の更新は多分問題ないだろう。新カードはカナダ国内の移民局事務所に留置きされるから
休暇取ってピックアップすればいい。問題は4年間の空白と重なる2021年の更新がどうなるか。

また、よく税関とかで「担当者によって態度が違う」「言う事が違う」なんてことをよく聞くけど
彼らの権限は絶対なので、隣のブースにいる係員がOKしても自分が当たった係員がNOと言えば
こちらが何を言っても「NO」なんだそうだ。

なんて以上の回答を貰った最後に「Good Luck」と、弁護士さんに言われたと。
ちなみに今回の問題を解決する最良の方法は、私が2016年に仕事を辞めてカナダに戻ること。

ということで、転職先でうまくいかなかったら潔くこの国に舞い戻るよ(今の街はパスだが)。
いざと言う時の逃げ道があれば、変に肩肘張って頑張りすぎることなくていいかもしれない。
一寸先のことすらどうなるかわからないのに、2年後の自分がどうなってるかなんて。
考え始めた途端に思考停止だわ。

その時になって考えよう。
それしか出来ないもんね、今の状態では。

それよりも日本での住まいが無事に決まるのか、そっちが心配。。。。てか、まずは明日の服よ。


春はなんか優しくて残酷

私が所属してる研究所は大学付属であるため、うちのラボ含む各研究室には
修士課程・博士課程の生徒達も在籍しているが、ちょっと特殊な業務内容から
私が関わるのは殆どがポスドクと呼ばれる博士研究員達である。
研究の世界は基本個人商店みたいなものなので、個性の強い人達が多いが
それでも中には気の合う研究者達も見つかったりして、彼・彼女達との仕事は
まさに「阿吽の呼吸」で作業が進む。
しかしそんな気の合う研究者達ほど、次のステップへ進んでしまうことも多い。

ということで、昨日はラボ内でも1、2を争う優秀なポスドク兄さんの送別会。
優秀だけでなく人格者で、それでいてユーモアのセンスもあって
身のこなしもどこか優雅で、とにかく私の中では非の打ち所のない王子様的存在な人だった。
勿論、そんな完璧な王子様はとっくに人のモノ。。。。。奥様も明るくてチャーミングな人でさ
(羨ましーカップルだぜ。くーっ)と、心底から何度も思ったもんである。

とはいっても、王子様本人は決して八方美人なタイプではなく、むしろマイペースで飄々とした人。
喜怒哀楽もほとんど顔に出ない。だから彼の事を「取っ付きにくい人」と思ってるラボメンバーも多い。
では彼のどこが私にヒットしたのかと言えば、前述の彼が醸し出す雰囲気に加えて
とにかく「お互いの距離感がちょうどよかった」に尽きる。
私自身、昔から周囲とつるんでるようでつるんでない部分があって
むしろ「一人行動しないと死んでしまう」という逆ウサギ的性格を持ってるのだけど、彼もそんな感じ。
そういう根っ子の部分が似通ってるせいか、一緒に作業をする時はいつも二人のタイミングが合っていて
お互いがお互いを「一番やりやすい相手」だと感じてたように思う。

加えてさりげない優しさを持ってる人でもあって、それも「やっとくよ」ではなく
「やっておいたよ」と、私の知らないうちに私へのトラブル回避やフォローをやってくれていて
何度も、本当に何度も救われた。

一番胸に染みたのは、父親の訃報で急遽日本へ帰国した際にお悔やみと私の家族を気遣うメールを
最初に送ってくれたこと。亡くなる年の春に父親のことを話してたので
ある程度のこちらの状況は把握していた筈だが、特にその後の容態を聞いてこなかったにも関わらず。
なのにアクションは一番早かった。(相変わらずやることがさりげなさすぎる)と、貰ったメールに咽び泣き。
ちなみに彼を含むラボメンバーの殆どは北米神経学会(SfN)に出席中だったので
帰国の理由を直接話したのは秘書さんのみ。その秘書さんが「やまざきはしばらく留守にします」と
全員に送った特定理由なしの連絡メールで「ピンときた」と、日本から戻った後に本人から聞いた。

見てないようで見ている。そしてここぞという絶妙のタイミングで手を差し出してくれる。
こういう人間になりたいな。ならなきゃな。

ちなみにメンバーの何人かは私が遊び休暇を取ったと思ってたみたいなので
(思いやりと想像力は正比例するのね)ということも知ったけど。

そんな深い慈愛に溢れた、一見クールな王子様は次なるステージへ進んでしまった。
今朝、鍵のかかった彼のオフィスのドアを見て(行っちゃったんだなぁ)と
切ない気持ちになってしまったのはここだけの話。そういう私も去る日が近いんだけどさ。

博士号を取得し、ポスドクという身分になって晴れて「研究者」と名乗れるが
そのポスドクの身分は決して安定していない。
案外、ラボテクなどスタッフの方が雇用条件がよかったりするし。
またポスドク期間が長過ぎると、却ってステップアップの足枷になるという現実もある。
だから入れ替わりがとても激しい。出会って去って、また新しい人が入っての新陳代謝の繰り返し。
今度の職場でも同じ経験をきっと何度もすることになるだろう。

それでもポジティブに考えれば世界中に元同僚達が、知り合いがいることになる。
それも皆、それぞれの母国ではエリート階級ばかりの。
そんな彼・彼女達にとって「昔いたラボで面白い日本人がいたんだよー」なんて
いつか遠い先の未来に、私の事を思い出してくれたらとても嬉しいな。

白い月の真ん中の黒い陰

こちらは今日がイースターよる4日連休の最終日。
主に荷造り、不要家具を売るためにオンライン掲示板への投稿
日本の不動産業者への問い合わせなど。
物は確実に減ってるはずなのだけど、部屋が段ボールやらスーツケースやらに占領。
いわゆるカオス化し始めたため、雑然としてしまっている。
あと数週間はこの状態だなー。
おまけに今度の週末は日帰りで州の中心市で買い物(日本用の靴と服がない。。。)
さらに来月頭はまた旅へ出ることになりそうなので(これで最後だってばぁ。。。)
今月中には8〜9割方荷造り完了してしまう予定。ん、頑張る。

このブログを昔から読んで下さってる方、もしくはTwitterをご覧の方なら
薄々ご存知だと思うが、現在の私の生業はラボテクニシャンと呼ばれる研究スタッフである。
昔の言葉でいう「技官」要は研究業界の職人と思って下さればよいかと。
その研究職人になる以前、つまり日本にいた頃は某企業で営業事務を担当していた。
実はその頃、一度だけお見合いをしたことがあって、それも相手が研究職だったことを
荷造りしてる時に突如思い出したので、本日はその話をば。

その話を紹介してくれた人というのは、以前母親とスイス旅行のツアーに参加した際の
同じグループだったご夫婦連れの奥様の方。
確かに旅行中、特に母親が気が合ったようで旅の後半はよく一緒に行動してたけど
その時の私の態度が「なんて品の良さげなお嬢さん」(そこ、笑うな)だったとかで
近所の、昔から知ってる坊ちゃんのお相手にと私に白羽の矢が立ってしまった。
もちろん、母親は大喜び。さらに釣書に書かれた経歴は、関西の高級住宅地に実家を持つ
ぼんぼん中学・高校から国立大→現在米国大学勤務で、さらに母親のテンションMAX。

だが当の私は(ツアーで数日いただけで私のどこがわかったんだ?)と、猜疑心丸出し。
なぜか裏があるような気がして、散々イヤだとごねたものの結局当日を迎えることに。
ちなみにその前日、当時の同僚達との飲み会でいつも以上にしこたま飲んだため
その日は二日酔いで参加。つまりそのくらいイヤだったのだわ。
いつもなら最後には諦めるのだけど、なぜか悪い予感が日に日に高まったという。

そしてその予感的中。

待ち合わせの某ホテルロビーで「はじめまして」とご挨拶した相手のネクタイはだらしなく緩んでた。
はい、のっけからワンアウト。
そして喫茶ルームへ移動し、先方はアイスコーヒーをオーダー。それはいい。別にいい。
しかし注いだ後のピッチャーによぼったミルクを拭かずにそのままテーブルへ。
はい、ツーアウト。
(この男、だらしねー)と内心毒づいてたが、先方にしてみれば二日酔いの女に
そんなことを思われるのは心外だったろう。

それでも「品の良さげなお嬢さん」を演じるべく(だから笑うな)何かと話題を振ったものの
とにかく話が弾まない。
それは相手が無口だからではなく、自分中心の話しかしないため話題が膨らまないのだ。
会話の内容はほぼ忘れたけれど、唯一覚えてるのが

私「頂いた釣書には、中学時代にバレーボールの経験がおありとありましたが
  どうして高校でも続けられなかったのですか?」
男「もうバレーの全てはわかったんで、これ以上続ける意味はないなと思いまして」

あの時、咄嗟に舌打ちしなかった自分を褒めてやりたい。
とにかく一事が万事こんな具合。
おかげでこちらの二日酔いが醒めるのも早かったけど。。。。怒りとむかつきで。

相手は米国の大学(どこだったかは失念)で化学系の研究をしてると言ってたから
当時ポスドクとして働いてたのだろう。そしてもう一つ覚えている相手の言動が

男「ボクの研究内容を盗まれるのがイヤなので、上司にも報告してないんです」

その時は(へぇ、そんなもんなのか)と思ってたが、今なら言える。

そんなの、絶対にありえねぇ 品の良さげなお嬢さんです。

上司にも報告してない研究の論文のラストオーサー(Last Author)は誰でしょう?
ご自身でラボをお持ちなんでしょうか?
研究費(Grant)申請にはプロポーサル(Research Proposal)と呼ばれる
自分の研究戦略を書かないとダメなんですが、そのサインは誰がなさるんでしょうか?

てか、なんだその自意識過剰な根性は?品の(以下略)

今にして思えば、彼は研究者としてはあまり能力の高いタイプではなかったんだろう。
口だけは達者なプライドの高い奴。ずばりラボ内でも嫌われ者だったと思われ。
こんな使えない奴とは仕事したくないね、あたしゃ。
さて、今は何してんのかなー?相手の顔もすっかり忘れたけれど、美形じゃないことは確か。

お見合いは2時間程で終了。最後は「じゃ、お元気で!」と別れ
(あんなのが娘の見合い相手だなんて。。。)と、傷心の母親からも離れて
1人、餃子の○将で餃子とビール飲んで帰ったという思い出←当時の私は基本的に酒浸り。
勿論、帰宅後紹介してくれたご夫人には速攻お断りの旨連絡した。

それから(研究職なんて変なのばっかり!)と思っていた筈が
立場は違えど、そんな変人だらけの業界の末席を汚すことになって早数年である。
さらに最近では、某騒動でまたまた研究職のイメージが怪しくなってるけれど
思慮深い人格者も多いし、私と仲良くしてもらってるポスドク達は素敵な人達ばかりだ。

新天地でもそういう人達と一緒に、最近忘れがちだった「明日へ繋がるサイエンス」への探求を
再開したいと思う。今からとても楽しみだ。

プロフィール

やまざき

Author:やまざき
萌えに意味なんてなくてOK

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